|
-------- -- --:--
|
|
2008-07-17 Thu 20:33
今日、「そろそろ結果が出てるかな」と思って、インターネットで見てみたら出てました。
HSKの結果です。 4月末に受けた結果は、全体では6級で、 聴解:5級、語法:6級、読解:8級、総合:7級 だったのですが、今回は全体で7級になりました!目標達成です。 分野別には、 聴解:7級、語法:8級、読解:8級、総合7級 聴解と語法が一気に2級上がりました! といっても、前回はその級の一番上の点数で、今回はその級の一番下の点数ギリギリなので、実質はそんなに点数は上がってませんが。 それにしても、この結果ならば、総合であと3点取れていれば8級だったわけで。 8級は中級の一番いい級なわけで。やっぱり後悔が残ります。 日本に帰ってきて1ヶ月。毎日家で夏休みのように過ごしていますが、テレビやインターネットの中国語講座をやってみたりしています。 ときどき学生がメールをくれて、返事をしたりしています。 最近やっと今学期の成績をつけ終えました。 ずっと「実家」だったところがやっと「家」になってきました。出戻りの娘のようです。 というわけで、なにかきちんとまとめを書こうかとも思いましたが、2年間をまとめるのはやっぱり無理で、私らしくこんなあいまいな感じでこのHUNAN DIARYを終わりにしたいと思います。 全部で173の記事ができました。 どうでもいいくだらないことも書きましたし、大切なのがどこなのか分からないようなだらだらとした文も書きましたが、読んでくださっていたみなさん、ありがとうございました。 |
|
2008-07-17 Thu 20:12
もうすぐ帰国して1ヶ月。
このブログもなにかまとめを書いて終わりにしようと思っていたのですが、なかなかいいまとめ方が思いつかず、そんなことを考えているうちに書き残していることがあることを思い出しました。 6月に入ってから急いで行った引越し準備。 荷物を送るで書いたようにダンボールで荷物を送るほかにも、引越しにあたっていろいろありました。 私は大学の外の普通の団地に住んでいたので、退去する前にそこの水道、ガス、電気などの料金を精算しなければなりませんでした。 電気は前払いになっていて、カードにお金を入れて使うタイプなのですが、まだ数十元残っていたと思うのですが、手続きをどうすればいいか考えるのが面倒だったので、そのままカードを返しました。 ガスは2ヶ月に1回、メーターを見に来る人がいて、その人に払っていたのですが、大学の事務の人に 「前回の領収書を見て、自分でメーターを見て、差の分のお金を置いて行くように」と言われたのでその通りにしました。他の人もそういう風にやるのかどうか分かりませんが、「前回の領収書を捨ててなくてよかった。」と思いました。 水道は、団地の中にお金を払うところがあるので、そこに払いに行きました。それも、事務の人のアドバイスにより、自分でメーターを見て、メモをして、水道代を払うところに行ったのですが、やはりそれだけでは信用してくれず、そこにたまたまいた水道のメーターをチェックしたことがないお兄ちゃんともう一度メーターを見に行くことになりました。その日はとても暑い日だったので、私もお兄ちゃんもがっかりしました。 しかも、せっかく見に行ったのに、その数値を係りの人に告げると、「一人暮らしでそんなに使っているはずはない」と言われました。そのままだと1年3ヶ月分で1000元近く払わなければいけない、と言われました。私もその値段に驚き、「どうしよう」と思っていると、係の人が突然計算を始めました。 一人暮らしで1ヶ月に使う大体の水量を出して、それに1年3ヶ月分をかけてその料金を払えばいい、と言います。 すると、料金は一気に400元ぐらいまで下がりました(具体的な料金は忘れてしまいましたが、とにかく最初の三分の一程度)。 隣でおじさんが「それでもまだ高いんじゃないか」などと言っていましたが、私はとにかく早くお金を払ってしまいたかったので、その値段でいいことにしました。 実は、この一連の手続きが終わったら、学期末に大学から出る旅行代1200元をあげる、と言われていたのです。 この水道代を払いに行ったのは帰国の数日前。忙しくて忙しくて、水道代でもめている場合ではなかったので、1200元のためにそこで値切るのはやめました。 それからもう一つやったのは、飲料水のサーバーを返却すること。 そのサーバーは50元の保証金を払ってレンタルしているものだったので、ちゃんと返却して、50元を返してもらいました。 このサーバーを取りに来たおじさんがすごかったです。おじさんはいつもうちに水を運んできてくれるおじさんで、顔見知りなのですが、引越し準備でごった返してる私の部屋を見て、「引越しをするのか?」と聞いてきました。「そうだよ」と答えると、サーバーが置いてあった台所をきょろきょろと見回し始めました。そして「これは持って行くのか?これは?これは?」とそこらへんに置いてあった食器などが必要かどうか聞いてきました。たぶんおじさんは、私が要らないものを持って帰って、売ろうと思ったのでしょう。 あいにく台所のものはほとんど大家さんのものだったので、あげませんでしたが、その後、あまりにしつこかったので、ほんとうに捨てようと思っていたものが入っていたダンボールを見せると、その中からいくつかチョイスして持って帰りました。両手いっぱいにそれらを持って、さらに水のサーバーを持った状態で、玄関先に置かれた要らない紙の束(大量)を見たおじさんは、それも持って帰りました。 おじさんがそんなに大量の、重い荷物をどうやって持って帰るのか気になったので、部屋から見てみると、おじさんは10分ぐらいかけてスクーターにあらゆる手段で荷物を積んで、ちょっとふらつきながら帰って行きました。 「おじさんも毎日重い水を何度も運んで大変なんだなー」と思いながらおじさんの背中を見送りました。 ちなみに、中国から2回に分けて送ったダンボールはもうどちらも届きました。船便ですが、近いので3週間ぐらいで着きます。 「送り先」と「送り主」を反対に書いてしまった荷物もきちんと届き、割れ物なども無事に届きました。 20キロを越えていたダンボールには「特重」というシールが貼られていて、それにも関わらず力持ちの人たちが豪快に扱ったのか、ダンボールの角が丸くなっていて、上海、神戸を旅してはるばる届いたことがよく分かりました。 |
|
2008-07-04 Fri 16:53
長沙を出発する前日は忙しく過ぎていきました。しかもその日は立っているだけでも汗が出てくる猛暑。一日中動き回ってかなり汗をかきました。
まず、午前中はHSK。 そしてHSKのあとのお昼は、何回食べても飽きない、おいしい、大好きなお店にお昼ご飯を食べに行きました。そのお店はちょっと遠くにあるのですが、ほんとにおいしいです。日本に支店を出したほうがいいと思います。 お昼のあとは、作ってもらっていた服を受け取りにおばちゃんのところへ。 ほんとはもっと作ってもらいたかったのですが、帰国が突然早まったのと、私たちが注文しすぎておばちゃんが多忙になってしまったため、5月末に頼んだのが最後になりました。 といっても最後に大量に注文していて、5着の服ができあがりました。 おばちゃんは最後だからと言って、(たぶんあまった布で作った)巾着をいくつかくれました。 おばちゃんには大変お世話になりました。 その服を持って帰って最後の荷造り。 すでに2つのダンボールを船便で送っていましたが、出来上がった服を入れて、もう一つのダンボールを積めました。それからこまごまと残っていたものをスーツケースに積めたりして、あとはどうにか出発当日に仕上げられるだろう、というところまで準備をしました。 そして、一人の学生に手伝ってもらって、郵便局へ。 荷物の受付時間ギリギリで、かなり機嫌の悪いお姉さんにお願いして荷物を送りました。 このときに前回、荷物を送った際の間違いが発覚! なんと前回送ったときに、「送り主」と「送り先」を反対に書いてしまっていました!私も、学生も、郵便局の人も気づかなかったのです。まあ、中国からの国際便ということは確かに分かるので、経由地の人たちも私の間違いを察してくれるでしょう・・・それに、書き間違えた用紙以外にも、ダンボールにも直接「送り主」と「送り先」を書くところがあり、そこは正しく書いたので大丈夫でしょう・・・ 郵便局から直接、夕飯を食べに行きました。 夕飯はもう一つの好きなお店です。ここはけっこう近いので、かなり行きました。好きな料理を全部食べたかったので、日本人留学生も呼んで、一緒に食べてもらいました。あの料理がもう食べられないと思うと残念です。 夕飯の後は学生主催の送別会。他の日本人の先生も帰国で、日本人留学生もほとんどが帰国なので、日本語学科の学生たちが送別会を開いてくれたのです。 クラスごとに歌を練習していてくれたり、ゲームを用意していてくれたり、ほんとうにありがたかったです。学生はその前日に大切な英語の試験があって忙しかったはずで、準備するのも大変だったでしょう。 準備していてくれたものの中に、これまでの写真を集めたスライドショーがありました。 半日かけて作ったというスライドショー。なぜかパソコンがうまく動かず、見られないかとあきらめかけたときにやっと見られました。 「よかった~」と思い、思い出に浸って見ていると、突然私の秘密の写真が!去年の末に撮った芸術写真。学生には流出していないはずなのになぜ!?と思ったら、日本人留学生から流出していました。まあ、盛り上がったのでいいことにします。 そこまではどうにか泣かずにいられたのですが、最後に学生たちがそれぞれクラスや個人で用意してくれたプレゼントなどを渡してくれ、そこで耐えられなくなってしまいました。中には寄せ書きを書いてくれたクラスもあって、「先生、これ、置き手紙です」と言われ、涙と笑いが一緒に出てきました。 たくさんの学生と写真を撮ったり、別れを惜しんだあとは!最後の堕落街! 堕落街にもかなりお世話になりました。暑いときには毎週のように行っていました。 今学期はちょっと頻度が低くなったものの、やっぱりお店の人には覚えられてしまいました。 「こんなに大人数で来られたら、冷たいビールなくなっちゃうよ」というお店のおばちゃんのぼやきを聞きつつ、最後まで楽しい夜を過ごしました。 |
|
| HUNAN DIARY |
NEXT≫
|